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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(あ)537号 決定 1983年9月21日

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中五〇日を本刑に算入する。

理由

弁護人恵古和伯の上告趣意は単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意は量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、原判決及びその是認する第一審判決の認定したところによれば、被告人は、当時一二歳の養女A子<仮名>を連れて四国八十八ケ所札所等を巡礼中、日頃被告人の言動に逆らう素振りを見せる都度顔面にタバコの火を押しつけたりドライバーで顔をこすつたりするなどの暴行を加えて自己の意のままに従わせていた同女に対し、本件各窃盗を命じてこれを行わせたというのであり、これによれば、被告人が、自己の日頃の言動に畏怖し意思を抑圧されている同女を利用して右各窃盗を行つたと認められるのであるから、たとえ所論のように同女が是非善悪の判断能力を有する者であつたとしても、被告人については本件各窃盗の間接正犯が成立すると認めるべきである。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(谷口正孝 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 和田誠一)

弁護人恵古和伯の上告趣意

一、原判決は、第一審が「被告人は……(昭和四四年五月三日生の養女)A子<仮名>を利用して……金員を窃取しようと企て、盗みすることを嫌がる同女の顔にタバコの火を押しつけたり、ドライバーで同女の顔をこすったりして、同女に盗みを命じ、……昭和五七年二月上旬ころから同年四月一九日ころまでの間、一三回にわたり、刑事未成年者であるA子を使用して、……鶴林寺ほか一二か所において、中津謙雄ほか一三名所有の現金合計約七八万七、七五〇円……を窃取した」として、刑法第二三五条を適用したのを、そのまま是認したものであるが、これは判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものである。

二、A子は判示行為をした当時一二歳九か月乃至一一か月の少女で学校の成績も中以上、おませといわれる位だつたのであるから、盗みが許されない悪事であることはよくわかつていたものである。また被告人は、嫌がるA子の顔にタバコの火を押しつけたり、ドライバーで顔をこすったりしてA子に盗みを命じたのではあるけれども、しかしそれは未だ絶対的強制というには到らず、A子はなお主体的に盗みという行為を行つたのである。したがつて被告人は是非の弁別あるA子に命じて盗みをさせたことになる。

三、A子の行為は構成要件に該当し、違法なものであるが、A子が刑事未成年であるが故に犯罪が成立しないにすぎない。A子に盗みを命じた被告人の行為は窃盗の教唆になるのは格別、窃盗の正犯にはならないと解すべきである。しかるに被告人の行為を窃盗の正犯とした第一審判決を是認した原判決は判決に影響を及ぼすべき法令違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するから破棄されるべきである。

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